サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福によると、これまでの人間社会の全てにおいて、性別のヒエラルキーはこの上なく重要で、そして長く男性の方が良い目を見てきたとしている。確かに生まれてくる子供も男の子を望むシチュエーションは多々あったと思うし、例えば戦国時代などでも後継として重宝されたし、映画『ゴッド・ファーザー (字幕版)』の中でも部下がドンに

初めに授かる子は男のでありますよう

なんて祝辞を送るシーンもあり、すんなり受け入れられる主張である。良い目を見てきた男性に対し、女性の扱いにおいては、”強姦は財産侵害に該当した”とモノのように扱われた時代もあったくらいだ。この凄まじい格差についての言及がサピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福の中でも特に興味深かった点の一つだ。人類史について多くのことを明らかにしてきた本書でも、なぜこれほど男女のヒエラルキーに格差が生じたのかははっきりとはわからないとしているところがまた興味深い。本書の中でもいくつか説は挙げてくれているが、決定的とまではいかないようだ。

僕がなぜこの男女のヒエラルキーの格差に興味を持ったかというと、営業をしていると奥様の方が決定権を握っていることが多いなと思うことがよくあるからだ。例えば「私はいいと思うけどあなたに任せるわ」なんてセリフをよく聞くけど、責任転嫁をしながらも欲しいものは欲しいと意思表示をし、これでご主人が乗ってこなかったら「この後数日は機嫌が悪いわよ」とか「ケチな男」と嫌われるような圧をかけている感じがあるからだ。アポイントにしても商談にしても、こういった形で話がまとまることが多々ある。

かつてはあれほど格差があった男女間であるのに、ほんのここ数年で、対等どころか女性の方が強くなっている印象を受ける。実際に女性の社会進出や、男女平等を謳われるようになったのなんて人類史的に言えば本当にごく最近のことなのだけど、それが以前はモノのように扱われていた事を考えると、この立場の移り変わりの速さはゆくゆくは、これまでとは逆のヒエラルキーになりそうな予感もする。一気に変わるのではないかと。

一家の大黒柱とか亭主関白とか、逆に、奥ゆかしさや男を立てるような妻といったモノが過去の遺産になりつつあるだろうかと思う。結婚をしていても子供がいるいないや、子供の育ち具合でも力関係は変わってくるのだろうけど。僕自身もことなかれ主義というか、尻に敷かれやすい性格が強いので、女性が機嫌よく過ごせるような環境の方が、僕としても過ごしやすいかなと思う。女と上司には逆らわないスタンスで。でも、このヒエラルキーのバランスの崩れ方のスピード感はすごく興味深いし、今後どこまで開いていくのかも興味が尽きない。

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