東名あおり運転」という、痛ましい事件の判決がでた。懲役18年。その判決の妥当性には僕が判断できるところはない。妥当かどうかは置いておいたところで、「煽られた!」という一時の感情で他者を死に至らしめる行為につながる事をしてしまったことには全く同情の余地はない。一般的な感覚を持った人からは被告に対して同情の余地はほとんどないであろう。

一方でこの事件が多くの人の関心を寄せている理由で僕が思い当たるのは、”自分より下の人を見て安心したい”という感情を持った人が多くいるという事をマスコミ等が嗅ぎつけて、ここまで大きな話題として取り上げれられているのではとも思う。

「この事件がなければ結婚をしていた」なんて記事が出ていて真相はわからないけど、より被告の悲惨さを際立たせるには格好のネタだなと。もちろん一番不幸なのはこの事件によって命を落としてしまった当人たちと、その関係者たちであることは間違いがない。そこに間違いはないが、石橋被告の人生が着実に詰みつつあることを、まるで他人の不幸は蜜の味、的に楽しめる一定の人たちがいることもそこはかとなく感じる。

最近個人的に愛してやまない澤円さんも言っていたが、下を見て安心する人に成長はない的な事を仰っていて、今回の事件の取り上げられ方は、どちらかと言うと、そういう”人を下に見たい”的な需要から多くの報道がなされているのかなと薄っすら感じるのでした。

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